代表メッセージ
「物語マトリクス理論」で組織に変容を起こす
ビジネスキャリアを通して、物語の力に気づく象徴的な学びが3回ありました。
最初は、戦略コンサルタント時代のこと。どれほど正確な分析をし、精緻な論理を重ねても、それだけではクライアントは納得しませんでした。ところが、分析や論理を材料に、魅力的な戦略ストーリーを編集できた瞬間に、人々の目の輝きが変わり、ぐっと前に組織が動き出したのです。重く垂れさがった暗雲がさっと消え、太陽が現れるような爽快な体験でした。
二度目は、ベンチャーキャピタリスト時代。昔話や神話のパターンを抽出し、ゲームソフトなどのコンテンツに活かすという投資案件を担当した時でした。神話学者のジョーゼフ・キャンベルに学んだジョージ・ルーカスが、英雄神話の円環構造を使って『スターウォーズ』を制作したことを知り、「神話ってすごい!」と理屈抜きで感じました。
そして三度目は、日本でスターバックスを立ち上げた時でした。コーヒーのプロがみな「日本では成功しない」とスターバックスの可能性を否定した時代に、「スターバックス物語」に共感の声を上げる人々が現れ、顧客として、スタッフとして、まったく新しいライフスタイルを日本中に広めてくれました。その姿を見て、「現代社会の神話とはブランド」だということを確信しました。
物語とは何か
物語を理解するには、「物語でないもの」との比較をすることで、その本質が見えてきます。ここでは、心理学者のジェローム・ブルーナーが提唱した「2つのモード」を援用してみましょう。ブルーナーは、人間が経験を秩序だて、現実を一貫したものとして把握する上で、論理実証モード(paradigmatic mode) と物語編集モード (narrative mode)という2つのモード(認知、思考の型)があると指摘しています。この2つのモードは、まったく別のものですが、お互いに補いあう関係にあります。それゆえ、どちらかのモードだけに偏ると、認知・思考の豊かな多様性を満喫できなくなります 。
論理実証モードは、以下の7つの特徴があります
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予測可能な状況を工学的に探る
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ロジック(論理)の確かさを重視する
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エビデンス(客観的データ)を積み重ねる
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対象を冷静に客観的に観察する
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世界を明晰な要素に分解する
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PDCA(仮説/検証プロセス)を計画的に回す
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1つの答え(一義的結論)を求める
これに対して、物語編集モードは、論理実証モードと興味深い違いを際立たせます
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予測不能な状況を生命的に楽しむ
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センス(直感)に信頼を置く
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エピソード(小さな物語)を積み重ねる
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対象と共感的・主観的に関わる
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世界を要素還元できない全体性として描写する
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起承転結が動き出すマジック(創発)に身を委ねる
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多様な可能性(多義的解釈)を許容する
20世紀は、単線的成長が可能だった時代で、比較的安定した経営環境でした。ここではロジック(論理実証モード)が、問題解決を図り成果を出すうえで、何と言っても主役でした。しかし、21世紀は、サステナビリティが危機に瀕する時代で、極めて不安定な社会環境にさらされています。こうなると、過去の知識、経験、データに依存するロジックは有効性を失います。こうした時代に、私たちが絶対的に必要とするのもの、それは、「見えないもの」「未知のもの」「知りえないもの」としての未来を出現させる手法です。微かな予兆を感じ取るセンス、すなわち物語を生成する私たちの生命力こそが、主役になる時代なのです。
物語は組織・社会の変容装置です。
私たちは、物語を共有し、物語を生きることで、成長し、進化していきます。すぐれた物語を創造し、「見えないもの」「未知のもの」「知りえないもの」としのて未来が言語化されるとき、私たちは素晴らしい未来の語り手となっているのです。
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授
経営コンサルタント / iGRAM 代表
梅本龍夫